富士登山日記

    9回目 2007年1月21日(日)〜7月29日(日)
    4日目:2007年4月8日(日) 与瀬宿〜野田尻宿 5日目:2007年5月3日(木) 野田尻宿〜谷村宿 6日目:2007年5月13日(日) 谷村宿〜金鳥居

■第4ステージ 与瀬宿(198m)〜野田尻宿(356m) 16.48km 2007年4月8日(日) 

★後半戦スタート

いよいよ富士山道も、半分を過ぎて後半戦に入る。今回のコースは第3ステージみたいな峠はないが、起伏の激しいコースで前回同様大変なコースになりそうだ。今回もりょうわ君と2人で歩いてきた。

5:25自宅を出発。駅前駐輪場に自転車を止めて、5:44電車に乗る。秋津・西国分寺を経由して6:51相模湖駅に到着(790円)。予定より早くついたのでコンビニで朝食を買い、りょうわ君を待つ。7:20予定通りにりょうわ君が到着したので、7:25相模湖駅前交差点を出発(198m・994hpa・16.4℃)

500mほど歩くと与瀬宿本陣跡があり、ここを右折して旧道に入って行く。桜の咲く与瀬神社の鳥居の前を通り、中央道をくぐる手前で再び国道20号に合流して、日本一まずいと看板を掲げてる「らーめん関所」の前に出る(この店はしばらく休業してる)。本来の道筋はこのラーメン屋の裏の沢を渡り山に登るようだが、現在は水道橋が架かっていて、その先に石段があるが通り抜けることができず、7:42仕方なく元の場所に戻って中央高速をくぐった先にある右上に上がる道に入っていく。


与瀬本陣跡


与瀬神社参道の桜

標高差50mの坂を登り横沢の集落を抜けると、8:07左にカーブしてる所をさらに左の道に入って、中央道の上を渡っていく。下っていくと左カーブする手前に、農道のような細い道が旧道なので入っていき、再び車道を歩いていくと、8:22相模湖ICの上に出て、相模湖が広がっていた(3.44km地点・198m)。さらに急坂を下ると国道20号に合流して左折するとセブンイレブンがあった。ここにはたくさんのバイクが止まっていて、ツーリングのいい休憩所になっているようである。

8:30ボロボロの土蔵の前に到着、ここが11番目の宿場町の吉野宿の本陣(3.79km地点・174m・996hpa・15.5℃)。明治には五層楼の立派な建物が建っていたが、明治29年の吉野大火によりあらゆる施設を焼き尽くし、唯一この土蔵だけが残ったようである。この向かいにある旅籠『藤屋』の建物が郷土資料館になっており、その当時の模型や町並みが見学できる。

吉野橋を渡り、8:39右上に登る旧道に入って(4.31km地点・193m)藤野中学校の前を通り、また国道20号に合流して8:55藤野駅前に到着(5.44km地点・203m)。5分休憩したのち、国道を歩いていくと目の前に空が広がる。その傍らには東京(日本橋)から70kmの標識があり、なかなか感慨深いものが込みあがってきた。

中央本線の上を過ぎると中央道の橋脚の間を通るようになり、歩道橋を渡って国道に下りて歩くと、9:15思わず通り過ぎそうになったが、12番目の宿場町関野宿に到着(6.44km地点・213m・996hpa・15.9℃)。やはりここも大火により昔の建物が残っておらず、知らなければそのまま通り過ぎてしまいそうな場所である。


観福寺付近の未舗装路の旧道


吉野宿・郷土資料館


日本橋から70km

関野宿を発ち、小渕小学校前の歩道橋をくぐって、すぐ右上に登って国道から離れていく。三柱神社の前を通り(6.95km地点・222m)、川にぶつかる所でまた国道に戻る。右に大きくカーブしていくと名倉交差点があり、左下に下って国道20号とはしばしお別れ(7.40km地点・200m)。坂を下りきると境沢橋が見えてきて、神奈川県はここで終了。9:37ついに富士山のある甲斐の国・山梨県の国境を跨いだ(7.54km地点・174m)。

国境を越えてまず始めに目の当りにするのは、壁のように立ちふさがる標高差60mの急坂だ。この坂を登りきる手前に諏訪番所跡があり(8.33km地点・223m)、行き来する人の取締りをしていたところだった。登りきると一転、平坦な丘の上を歩いていく。次第に桜が満開の諏訪神社が見えてきた。この神社の向かいには凄い品数の自動販売機がおいてあり、10:00ここで休憩することにした(9.06km地点・237m・990hpa・17.7℃)。休憩しているとおばちゃんが出てきて自販機の補充をしていた。しばらく、そのおばちゃんと雑談し、スタミナドリンクをご馳走になる。


県境の境沢橋、山梨県に突入!


登ったあと振り返る


諏訪番所跡

10:17おばちゃんに別れを告げて再出発、中央道を越えてまた国道20号に合流。10:45、13番目の宿場町上野原宿に到着(10.42km地点・263m・984hpa・20.4℃)。上野原の本陣はビジネスホテルのルートイン上野原にあったそうである。

上野原の商店街を抜けると、正面に銀行のあるY字が見えてくる。(10.76km地点・263m)そのどちらにも行かずに、その更に左にある小道に入って行く。歩いていくと次第に道は広くなり、500mほど進んだところに、右上に登る道と右下・左下に下る道があった(11.29km地点・259m)。本来の道筋は左下なのだが、その先のルートが無いため、右下に下りて歩道橋を使って国道20号を渡り、鶴川沿いに北上する。

11:13坂を下って桜吹雪の鶴川を渡ると、14番目の宿場町鶴川宿に到着(12.25km地点・205m・991hpa・23.6℃)。昔は鶴川の橋はなく、この南側で鶴川の渡があったらしい。


上野原宿


鶴川の桜並木


鶴川宿



★心地よい町並み

鶴川宿を抜けるとすぐ左に急坂があるので、その急坂を登ってしばらく行く。右手にログハウスの立っているところがあり、その向かいにはロープが張ってある登りの土の道があった。普通なら作業道と思ったが、上の方に神社があり、そのふもとになにやら石造物群があるので、確認してみるとそれは馬頭観世音の石碑だった。そしてその土の道は社の脇を通り、中央道のほうへ伸びて途切れていた。

この辺りの現在通れる道は、中央道の開通の際後から切り開かれた道らしく、本来の道筋とは違うらしいが、もしかしたらこの道が旧道で、これもまた中央道の整備で潰された大椚一里塚の所に繋がっていたりして、なんて勝手な推測をしながら歩いていく。もちろん工事の際に移転されたと考えるのが普通だが。

コースを元に戻して登っていくと中央道にぶつかり、11:50右の方にある橋を渡って南側に行く(13.45km地点・285m)。橋を渡って登りながら右カーブしてる辺りに大椚一里塚があったと推測されている。


山王神社と石造物群への入口


中央道を渡って大椚へ


大椚宿

ずいぶん疲労がたまっている中、道はまだまだ登っていく。12:05集落の中を歩いていくと石祠石塔があり、そこに『大椚宿発祥の地』と書かれていた(14.26km地点・335m)。ここは間宿だったのか?ここで温度計を見てみると25.2℃!暑いと思ったら夏日になっていた。しかし、家に帰ってから天気予報見たら最高気温はそんなに上がっていなかった。でも18℃とかそんな体感温度ではなかったのだが・・・。先にある吾妻神社でトイレ休憩をして、道は中央道沿いに進んでいく。左手に長峰砦跡の石碑を左手に見て、しばらく歩いたらまた中央道の北側に向かう橋を渡った。

橋を渡ると後は下り坂で、下り終わると開けた場所に出る。次第に建物が連ねるようになり、12:48本日の目的地である15番目の宿場町野田尻宿に到着(16.48km地点・356m・972hpa・26.8℃)。野田尻は何か心地よく、穏やかな時間が流れているような雰囲気があり、とてもすぐそこに中央道が走っているような町並みには思えなかった。初めて会ったにも関らず、この町について色々教えてくれるおじさんや、元気に走り回っている子供達など、小さい町ながらもよい雰囲気を出していた。


道中あちらこちらで鮮やかに花が咲いている


野田尻の街並み


野田尻宿



★第4ステージ終了

犬嶋神社で旅の無事を感謝するために参拝して、その表にある自動販売機でのどを潤した後、本陣の前で記念撮影。来た道を戻り、中央道の野田尻BSに向かう。13:45、10分遅れで高速バスがやってきて、新宿バスターミナルに向かった(1050円)。新宿駅から埼京線で池袋に行き、ここでりょうわ君と解散して西武線に乗って帰宅(410円)。

次回は富嶽三十六景でも描かれた犬目峠越えなので、快晴の日に実行してその景色を見てみたいものだ。

第4ステージの所要時間:5時間23分
第4ステージの歩行距離:16.48km
第4ステージの移動速度:3.06km/h
第4ステージの累積標高(+):600m

第4ステージの累積標高(-):442m

日本橋からの所要時間:24時間08分
日本橋からの歩行距離:79.30km
日本橋からの移動速度:3.29km/h
日本橋からの累積標高(+):1461m

日本橋からの累積標高(-):1109m



第4ステージの行程
この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図200000(地図画像)
及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである(承認番号 平18総使、第602号)



■第5ステージ 野田尻宿(356m)〜谷村宿(482m) 25.33km 2007年5月3日(木) 

★犬目峠越え

前日2日に急遽仕事の現場が延期になったので、りょうわ君に連絡を取って行くことが決定した。1日には日本橋〜日野宿の歩いてない甲州道中部分を進み、翌日4日に甲州街道の未調査だった区間の調査と、東口冨士浅間神社1200年例祭を見に行く予定を立てていたので、当初は新宿から高速バスを使う予定だったが、車で野田尻に向かうことにした。

準備を整えて、6:17野田尻宿を出発(356m・970hpa・14.1℃)。西光寺を巻くように進み、中央自動車道の跨道橋を渡る。100m程だが、本日最初の林道に突入。県道30号に出るとすぐに富士講碑があり、そのカーブの先には荻野一里塚跡があった(0.77km地点・397m)。矢坪橋を渡って再び中央自動車道の北側に渡ると、6:24最初の難所である座頭ころがしに向かう峠道に入っていく(1.72km地点・419m)。傾斜のきつい坂道を登って行くと、左側がほぼ垂直な崖になっていて、確かにガイドがあっても盲目の人が歩くには厳しいところだと思った。


富士講碑


座頭ころがし


犬目宿の先にある趣きのある民家

君恋温泉で犬目峠で一番高いところになり、この先は下り坂を降りていくこと。県道に戻ってすぐのところに恋塚一里塚があり(4.62km地点・533m)、その先の馬宿集落で脇道に入って、たった40m程でしたが古い石畳(4.93km地点・545m)を歩いていく。大月市に入り、どんどん坂を下っていき、8:33久しぶりに国道20号に合流して、17番目の鳥沢宿(7.86km地点・312m)に到着。鳥澤小のところには、鳥澤一里塚跡と思われるコノテガワシという木があった。(8.19km地点・316m)。鳥澤駅前を過ぎて、上鳥澤宿本陣跡(8.57km地点・318m・974hpa・20.8℃)の前を通って北の方に向かう。ずいぶんこの辺りにはハイカーの人が多く、中には甲州街道ウォーカーらしき人たちも反対側から歩いてきた。


恋塚一里塚


桜満開の馬宿集落入口


馬宿石畳



★富士山道・谷村路に突入

右カーブが終わった所にある脇道を入っていき、旧道を歩いて500mほどで再び国道に戻る。桂川を横目に歩き、9:12小向集落の旧道入口の自販機の所で、この日最初の休憩(9.92km地点・316m)。

あまりの日差しのよさに眠気に襲われそうになったので、9:25出発して旧道に入る。すぐに国道にもどり、ガイドにあるように反対側にある宮谷橋の下に進む脇道に入る(10.21km地点・300m)。降りていくと左側が急な崖になっており、道も途切れてしまう。しかしよく見ると、更に左下に下りていく踏み跡があり、降りていくと田んぼの中に出た。本当にあっているのか、そばの小屋にいた地元の人に聞いてみたら、間違いなく旧道だと教えてもらった。ここで藪漕ぎするとは思いもよらなかった。


宮谷橋下の藪漕ぎ


宮谷橋下の藪漕ぎ


桂川の富士講碑

地元の人に別れを告げ、石造物群の前を通り(10.48km地点・285m)、国道に戻る。旧道らしき道もあったが、どうも個人の敷地内に出るようなので舗装された道を進む。桂川を渡る手前で国道から右の道に入ると、10:04左手に木造の猿橋が見えてきた(11.53km地点・300m)。切り立った深い渓谷の間に架けられた猿橋は、とても圧巻で素晴らしい景色を見ることができる。レンガの水道橋もなかなかよい雰囲気を出していた。

トイレ休憩をして、10:14再出発。18番目の宿場町猿橋宿の中に入っていく(11.83km地点・313m・972hpa・25.6℃)。この辺りから気温も夏日になり、徐々に体力を奪っていった。10:37猿橋一里塚(12.96km地点・310m)を過ぎて、右への旧道に入って10:45駒橋集落に入っていく(13.58km地点・316m・970hpa・28.8℃)。ここは19番目の宿場町の駒橋宿でもあり、外れには駒橋水力発電所があった。甲州道中はこの発電所の先を上に登って行き、下に行くと滝があるそうだが、このあとの道程を考えると滝には寄らずに、後日訪れることにした。

11:25商店街に入り、20番目の宿場町となる大月宿に到着(15.43km地点・361m・967hpa・25.2℃)。駅前のうどん屋で昼食をとり、11:41出発して本陣前を通過。11:53大月追分交差点に到着して(16.07km地点・352m)、ここで長かった甲州道中とは分かれて、いよいよ谷村路に突入。


日本三奇橋・猿橋


岩殿山


大月追分・谷村路へ



★予想外だった徒歩渡し

谷村路に入ると、正面にこの道中の間ずっと見ることができなかった富士山が、中腹部分だけだが顔を覗かせた。ずいぶんと疲労が蓄積してるのに、これだけでも不思議と力がみなぎってきた。デジカメの容量がほとんど底をついてきたので、電気屋に寄ってメモリースティックを購入して交換した。いままで128Mのを使っていたので、ちょうどいい機会だと思う。

13:16朝日川の落合橋に到着(20.52km地点・404m)、旧道はこの橋を渡らずに川沿いに進んで、岩の上に架けられた木の仮橋を渡るようになっていた。落合送水橋の下をくぐり、辺りを見回してみるとそれらしい橋は見当たらない。おかしいなと思い資料の写真を見てみると、同じアングルで撮られた場所には橋は無く、岩だけが残っていた。

他に渡れそうな場所はないかと捜索してみたが、橋らしきものはなかった。そうなると進む手段は2つ、国道に戻って1kmの道を迂回するか、濡れる覚悟で徒歩渡しするかの選択である。結構川の水量も多く、川底も深そうだったが、唯一歩けそうだったのは固定堰の所は靴が濡れる程度で済みそうだった。りょうわ君と協議をした結果、徒歩渡しを行おうと意見が一致した。


谷村路を進む


タンポポの中の廿三夜塔


落合送水橋

案の定、足元はびしょ濡れとなったが、天気が良かったので15分ほど歩いているともう乾いてた。旧道を進み、13:51、熊野神社のベンチで3度目の休憩をとる(22.03km地点・429m)。座っていると2人とも睡魔に襲われてきたので、14:00、再び歩み始めた。国道に戻り、赤坂常夜灯の所でまた旧道に入る(22.83km地点・441m)。進んでいくとホームセンターが立ちふさがっており、仕方なく迂回することにした。

旧道を歩いていくと神社がある所で未舗装の登り坂を登るようになり(23.42km地点・458m)、スズタケの間を藪漕ぎすることになった。思わず去年の村山登山道を思い出してしまった。


徒歩渡しした固定堰


神社の所から未舗装路に入っていく


久々の藪漕ぎ



★第5ステージ終了、そして反省・・・

未舗装区間も終わり、国道に戻ったらゴールもあと少しって所でどうも雲行きが怪しくなってきた。谷村宿場町に入る枡形の所で、14:55、ついに大粒の雨が降ってきたが、勢い良く降っていた訳では無かったのでそのまま進むことに。15:13谷村町駅に入るところで本日の行程は終了して(25.33km地点・482m・953hpa・20.8℃)、谷村町駅前で記念撮影。


谷村宿


谷村町駅

第5ステージの所要時間:8時間58分
第5ステージの歩行距離:25.33km
第5ステージの移動速度:2.82km/h
第5ステージの累積標高(+):771m

第5ステージの累積標高(-):645m

日本橋からの所要時間:33時間06分
日本橋からの歩行距離:104.63km
日本橋からの移動速度:3.16km/h
日本橋からの累積標高(+):2232m

日本橋からの累積標高(-):1754m

改札を抜け、切符を失くさない様に財布の中にいれてポケットの中へ。15:24発の大宮行きの電車に乗り込む。りょうわ君は次の日に用事があるためそのまま東京に向かい、自分は次の日須走とかに行くので、野田尻へ車を取りに大月駅で乗り換えて上野原駅から高速バスで野田尻に向かおうとした。上野原駅で降りて財布を出そうとしたらポケットには入っておらず、バックの中を探ってもやはり入っていなかった。慌てて電車に戻り、座っていた辺りを見ても財布は落ちておらず、次の藤野駅で下車して駅員さんに問い合わせしてみた。同時に大宮行きの電車に乗っているりょうわ君にも連絡を取ってみたけど、それらしいものは落ちていないとの返答で、駅員さんからも谷村町駅には無かったとの答え。とりあえずそれぞれの届けだけ出して、りょうわ君のいる高尾駅に向かった。

りょうわ君にお金を借りて上野原駅に戻り、中央自動車道上野原BSに行き、高速バスに乗って野田尻BSに到着。車に戻り、とりあえず仮眠を取る。仮眠のつもりが熟睡してしまい、日が変わってしまったので、須走行く予定は中止したが、甲州道中の未確認区間だけ調査するために、日が昇るまで待った。調査していると開通している旧道の区間が確認でき、もう少しリサーチすべきだったと思った。

吉野宿本陣跡の土蔵の前では、NHKの車がいてなにやら家の人にインタビューをしていた。後から知ったことだが、どうやらこれは『街道てくてく旅』の「甲州街道完全制覇」の中継のようだ。この番組の総集編を見て、大月から先の甲州道中もなかなか面白そうで、そのうち続きも歩いてみたいと思う。




第5ステージの行程
この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図200000(地図画像)
及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである(承認番号 平18総使、第602号)



■第6ステージ 谷村宿(482m)〜金鳥居(802m) 14.65km 2007年5月13日(日) 

★富士山道最終日

ついに長かった富士山道も最終日を迎えた。1:00、りょうわ君を迎えに行き、3:00、河口湖駅前に到着。駅前には大きな駐車場ができており、富士急行などを使うと1日500円ということなので、ここに車を停めて仮眠をとる。

4:50、起床して始発に乗り込む。電車は脱線するんじゃないかと思うほど左右に揺れて、5:57谷村町駅に到着。前回の終了地点に向って、6:00ちょうどに谷村宿を出発した(482m・950hpa・15.9℃)。金山神社入口交差点で右に曲がり、枡形に旧道を進んで15分ほどで国道に戻った。6:27、田原浅間神社の左の道を入って行き(2.19km地点・508m)、佐伯橋から田原の滝が見え、手前には鯉のぼりが並んでいた。本来の道筋はこの滝の上流を渡っていたようだが、道が無いので橋を渡って国道に戻った。


河口湖駅


富士急行に乗り込む


田原浅間神社

集落に入り、十日市場駅前から今日も登り坂が始まる。6:14、スーパーの前から夏狩に向かう旧道に入って行く(3.16km地点・540m)。7:05、夏狩集落を抜けた先の分岐点に上部が破壊された道標が あった(4.60km地点・558m)。結構表面が削れてて、うっすらと何とか富士山道と読む事ができた。左に進み、まだ苗を植えていない田んぼの中を進 んで、国道に戻る。7:20、国道に戻って最初にあるセブンイレブンで、ようやく朝食にありついた(5.66km地点・579m)。ここまでやってる店が 無かったので、かなり空腹になっていた。


田原の滝


夏狩の集落


夏狩の道標



★明見道に突入

7:45、小沼集落東にある小沼郵便局の手前に到着(7.09km地点・607m・935hpa・19.1℃)。ここから谷村路は、大きく分けると2通りのルートがあり、1つは明見を通って下吉田に向かう南寄りルート、もう1つは暮地を通って下吉田に向かう北寄りのルートがある。計画の段階ではどっちを通るか迷っていたが、古い道は明見に向かうルートで、暮地ルートは何度も道筋が変わっていたり、歩けなさそうな所も多かったので、明見ルートのほうを選択した。

この明見入口を左に入って、用水路沿いに進むと突き当たりに食行身禄の碑があり、ここを左折する。集落の中を歩いていると、ふと玄関先に三角形の座布団みたいなのが下がっていることに気がつく。後で調べた結果、どうやらこれは『ひいち』という家に厄病を入れない魔除けらしいで、道祖神のお祭りの際に新しくするそうだ。


明見道に入る


食行身禄の碑


小沼集落を進む

8:00、西桂小の前の分岐点には『右方 富士登山道』という道標があり(7.98km地点・627m)、おそらくこれは後にできた暮地ルートの道標だと思う。明見へはここを左に入って行き、浅間神社の前を通っていく。中央自動車道をくぐり進んでいくと、8:36十字路の左向こう側に天矢場石造物群がある(10.33km地点・702m)。この名号塔には『右 ふじ道』と道標が書かれている。

ここで道は2手に別れ、明見湖に向かう遠回りの左折ルートか、最短の直進ルートがあり、どちらも本筋なので直進することにした。バス通りを渡り直進すると、8:47小明見の道標があった(10.95km地点・727m)。これには『右 富士山道』と書かれているが、建物があり通ることができないので左に迂回した。


富士山道道標


浅間神社


天矢場の分かれ道



★第6ステージ終了

焼橋を渡り、川沿いに進んでいくと大きな道に出たので右に曲がり、信号を渡った先にある左斜めに入る道に侵入していく。金毘羅神社の北側を歩いていくと、9:07愛染地蔵堂が見えてきました(12.29km地点・739m)。ここで富士導者から役銭を徴収していたようだ。

この先の十字路を左折、突き当たりの道祖神がある所を右折すると、残る曲がり角は後1つ、9:42国道に戻って下吉田宿に入り(13.43km地点・754m・918hpa・22.8℃)、残るは1.2kmの直線のみ。


焼橋のそばの開けた場所から富士山が


愛染地蔵堂


下吉田宿

これまでの道程を思い出しながら坂を登っていき、9:41ついに金鳥居に到着(14.65km地点・802m・913hpa・25.1℃)。金鳥居の間から富士山が顔を覗かせ、迎えてくれていた。記念撮影をして富士吉田駅に向かい、河口湖駅に戻った。

この旅を始める前は、一人旅ということもあって不安でいっぱいだった。実際に、八王子辺りまでは市街地ばかりを進み、ただひたすらにアスファルトの上を歩いてゆく、つらい道程だった。高尾からはりょうわ君が参加をし、未装路や古い民家など趣きが出てきて楽しんでゆけた。特に小仏峠から、遠くに新宿都心が霞んで見えたときには、大変な喜びがあった。

神奈川県に入るとより一層歴史を感じることができ、野田尻ではいつも立ち寄る談合坂SAまで車で簡単にこれるありがたみを知り、犬目峠では日本の古き良き風景に出会うことができ、猿橋の建築技術に見とれた。

大月を過ぎて甲州街道が終わり、谷村路に入ると初めて富士山が出迎えてくれて、ここで次第に近づいている実感が湧いてきた。

予想外の徒歩渡しもあり、財布紛失というアクシデントもあったが、富士山道最終日には、はっきりと富士山を眺めながら進むことができて本当に良かったと思う。いよいよ、残すは7月の吉田口登山道のみ!


金鳥居



★幻の滝へ

この時期限定の幻の滝を見に行くために車に乗り、東富士五湖道路を通って須走に向かう。ふじあざみラインを登っていき、6.6km地点の和製グランドキャニオンを見て行こうと思ったら、なにやら関係者以外立入禁止の立札があり、とりあえず5合目で情報を集めることにした。

11:10駐車場に到着して降りてみると、小石が飛んでくるほどの強烈な風が吹いていた。幻の滝や和製グランドキャニオンの情報を聞いた後、立ち寄った菊屋のおばあちゃんが「幻の滝に行くなら金剛杖を貸してあげる」と言ってくれたので、杖を借りることにした。

しばらく話をした後、12:00小富士に向かった。森の中では風はなかったがが、12:18小富士に着くとやっぱり強烈な風が吹いていて、あまり長居はできなかった。腹が空いてきたので、12:38菊屋に戻って昼食をとる。幻の滝のピークまでまだ時間もあったので、しっかり食休みを取り、13:20幻の滝に向かった。


分岐から小富士に入っていく


小富士に到着


小富士から富士山

車に寄り、間違えてそのままブルドーザー道を登った失敗もあったが、14:25幻の滝に到着。結構勢い良く水が流れ出し、多くの人たちが見物に来ていた。着いたところがこの沢筋の終わりの所で、水は地下に入っていってたので、上流の水の出ているところを目指して登り始めた。15:08、600mほど進んだ先で沢筋は雪に覆われて、この先は確認することができなかった。来た道を戻り、今度は来る時に見た沢の上にあったもう一つの滝に向かった。

駐車場に戻り、菊屋さんに金剛杖を返却して、帰りに和製グランドキャニオンに寄っていった。高速に乗り、さすがに少し眠くなってきたので谷村PAで仮眠を とり、東京に戻った。次の日メールチェックすると菊屋の女将さんからメールが届いていた。ご丁寧にありがとうございます。


幻の滝


幻の滝


幻の滝


第6ステージの所要時間:3時間41分
第6ステージの歩行距離:14.65km
第6ステージの移動速度:3.97km/h
第6ステージの累積標高(+):384m

第6ステージの累積標高(-):64m

日本橋からの所要時間:36時間47分
日本橋からの歩行距離:119.28km
日本橋からの移動速度:3.24km/h
日本橋からの累積標高(+):2616m

日本橋からの累積標高(-):1818m


第6ステージの行程
この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図200000(地図画像)
及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものである(承認番号 平18総使、第602号


富士登山9回目B


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