富士山表口・村山口登山道復活への道

    

■はじめに

富士山・村山口登山道復活への道』は、偶然にも村山浅間神社で出会ったNPO法人『シニア山樂 山樂カレッジ』の主宰畠堀 操八さんが、1906年(明治39年)に廃道になり倒木やイバラに覆われた村山古道を100年ぶりに復活させようと、2004年までに2年がかりで仲間とともに整備しました。

現在の富士登山は、5合目まで車で行き、そこから山頂を目指すのが主流になっており、昔ながらの登山方法で『富士山の自然についてもっと深く考えてほしい』というのがプロジェクトの概要でした。



■畠堀さんとの出会い

2005年富士宮口と河口湖口・吉田口を登った私は、来年は海抜0mの田子の浦から登りはじめて、本宮浅間大社・村山浅間神社を参拝、村山口登山道・富士宮口登山道を経て山頂到達し、吉田口下山道を通り北口浅間神社を参拝し、下吉田の金鳥居まで富士山を縦断しようと考えました。(結局、縦走は『山中の禁』にある『山を裂く』ことになり、断念しましたが)

そこでルートを調べているうちに、どうしても村山口登山道の要所が載ってる地図はありましたが、詳細地図だけが見つかりませんでした。あるサイトで村山口登山道を登ったがひどい悪路で迷ったと書いてあったので、どうしても詳細地図の必要性がありました。そこで村山浅間神社までのルートの下見行こうと思ったので、現地の方で地図が手に入らないかといずれ探しに行こうと思いました。

2005年9月4日(日)夜なかなか寝付けないので、なんとなく富士へ下見に行こうと思いつきました。朝4:30東京・清瀬の自宅を出発し、高速を使わずに厚木から国道246号を使い田子の浦に向かいました。スタート地点からルートの確認をし、村山浅間神社までたどり着きましたがここまで地図が見つからず、この村山浅間神社周辺で探し始めました。

すぐ近くの商店に入って尋ねたら、地図はやっぱり無いという答えでした。しかし、いま村山浅間神社に以前同じように田子の浦から村山登山道を使って登頂した人がいると聞き、早速向かいました。この日は閉山祭りがあり、護摩焚きを終えた後の食事会の最中でした。そこで畠堀さんに出会い、自分がGPSで製作した地図があるから分けてくれると言いました。更には村山口登山道について色々教えていただきました。

道に迷わないように500枚の赤い布を要所につけている事や、村山に宿を作ろうとしている事(2005年9月現在、村山に宿はありません)、山岳雑誌の編集者を連れてまた村山登山道を登ることなど教えてくれました。2006年末には地元の方々が、村山浅間神社から天照教社まで20本の道しるべを立てたそうです。

9月9日、仕事から帰宅するとメール便が届いてました。開けてみると、田子の浦から山頂までの写真付GPS地図や、新聞の記事、村山古道復活の成り立ちなど、総数50枚を超える資料を送って頂きました。無事届いた報告とお礼の電話をしましたが、ずっと留守電になっており、連絡取れたのが16日でした。どうやら編集者連れて村山登山道を登ってたようでした。そしてこの度のことのお礼をし、このHPに引用させてもらう許可を得ました。

現在は、数日に分けて登る『富士山完登頂プロジェクト』や、『富士山村山古道一気登り』など田子の浦から登る企画を行い、村山登山道の保存に尽くしてるそうです。詳しくは富士山クラブhttp://www.fujisan.or.jp/をご覧ください。しかし、新たにルートを見つけたりして、まだまだ色んな発見があるようです。

2006年7月に、畠山操八著『富士山・村山古道を歩く−100年ぶりに甦った幻の登山道ガイド』(風濤社・1600円+税)が出版されました。


『富士山・村山古道を歩く
−100年ぶりに甦った幻の登山道ガイド』
畠山操八著(風濤社・1600円+税)


村山口登山道試登



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