富士講の足跡を辿る・日本橋からの富士山道

    谷村路A 谷村宿〜北口本宮冨士浅間神社

◆谷村宿(482m)〜小沼(607m) 7.08km
ルートMAP

国道139号をまっすぐ進むと、道祖神(105.47km地点)のある金山神社入口交差点を右に入っていきます。途中に六手青面金剛像の上谷の庚申塚があり、普門寺第1踏切を渡って左にカーブしていくと右手に普門寺(105.70km地点)が見えてきます。ここには庚申塔などの石造物群が並んでいます。


道祖神のある金山神社入口交差点


普門寺第1踏切


普門寺と石造物群

普門寺から5分ほど歩くと法泉寺(106.13km地点)があり、ここにも馬頭観世音などの石造物郡があります。400m進むと国道139号に戻り、5分ほど国道を歩くと田原浅間神社(508m・107.00km地点)があるので直進するように脇道に入っていきます。脇道に入っていくと左手に水門があり、右にカーブして佐伯橋を渡ります。この佐伯橋からは田原の滝が見えます。

本来、田原の滝は現在の位置から30m下流にありましたが、崩落が相次いで現在の位置に築かれました。古くから名瀑として松尾芭蕉などの多くの文人が訪れていました。谷村路の本来の道筋はその滝の上流に橋が架けられていたそうです。


田原の滝と渓谷にかかる鯉のぼり


法泉寺と石造物群


田原浅間神社

国道139号に戻り、十日市場駅前を通ります。駅前を過ぎると登り坂になり、右への小道に入ります。小道に入ると小篠神社(107.56km地点)があり、入口には道祖神が建っています。坂を登り切ると十日市場上宿バス停があり、宿場があったものと思われます。途中に廿三夜塔があり、サンフーズというスーパーの向かいの道を右折して入っていきます(107.96km地点)。


十日市場駅前


十日市場上宿


スーパー・サンフーズの向かいを右折

少し坂を下って中央自動車道をくぐり、左にカーブしていくと夏狩集落に入っていきます。集落の中央には都留市文化財の十二天神社(518m・108.78km地点)が建っています。次第に登り坂になり、左にカーブする所の正面に身録堂(109.15km地点)が建っていて、道祖神馬頭観世音などの石造物郡が並んでいます。


夏狩集落入口の火の見櫓


十二社神社


身録堂

身録堂の先にある耕雲院(109.22km地点)の入口にも、たくさんの石造物郡が並んでいます。そのまま団子坂を登っていくと道が二股に分かれ、その間には廿三夜塔富士山道道標(558m・109.40km地点)が建っています。道標の上部は欠けて無くなって、文字もかすれて見難くなっていますが左富士山道と書いてあるそうです。


耕雲院の石造物群


団子坂の富士山道道標を左に


見た目がT字路を左折

270mほど進むと見た目がT字路(直進は未舗装の農道)を左に曲がり、中央自動車道をくぐり湯ノ沢踏切(109.85km地点)を渡っていきます。国道139号に再び戻り、右に曲がっていきます。出てきた所の向かいには、宝鏡寺(109.96km地点)の石造物郡が並んでいます。また中央自動車道をくぐり、国道沿いに進んでいくと小沼郵便局の手前に消防団第2分団(607m・111.89km地点)の建物があり、ここから谷村路は大きく2つのルートに分かれます。


湯ノ沢踏切


宝鏡寺の石造物群


消防団建物前の分岐点

1つは明見道)と呼ばれる小明見を経由する国道139号の南側を通るルートで、古くから使われてた道筋です。もう1つは暮地を経由する国道139号の北側を通るルート()で、明見道よりはるかに遅れて元和6年(1620年)に領主・鳥居土佐守成次の命で開発されました。どちらも何度も道筋が変えられているため、いくつもの道筋が存在します。


◆小沼(607m)〜下吉田宿(766m)
ルートMAP

★明見道ルー 6.34km

明見道は消防団建物前を左折して、すぐの所に背丈ほどの庚申塔が建っていてここを右折します。綺麗な小川を左手に平行に進み、突き当りを左折すると食行身録碑(112.04km地点)が建っています。


明見道入口の庚申塔


小川と平行に進み、突き当りを左折


小沼東町の食行身録碑

道なりに右にカーブしていき、本町の中を進んでいくと右手に諏訪八幡神社(112.28km地点)の参道があり、ここは小沼本町の鎮守で境内には道祖神などがあります。200mほど進むと、不二山と書いてある一乗禅寺(112.50km地点)があります。この辺りを歩いていると目に付くのは、玄関先に『ひいち(ひうち)』と呼ばれる三角形の座布団の様な物が吊るされています。これはここ西桂や都留の方で行われる道祖神祭りで御神木に吊るされた後、各家に分けて玄関先に吊るして厄病を防ぐ魔除けにした物で、かつては火打ち石を入れる袋からひいちと名づけられたそうです。


諏訪八幡神社


不二山・一乗禅寺


玄関に吊るされている『ひいち』

一乗寺から少し進むと火の見櫓の下に、道祖神と並んで食行身録碑(112.67km地点)が建っています。左手に西桂小学校があり、その先に二股に分かれる分岐点があります。その間には『右冨士登山道』と書かれた富士山道標(627m・112.78km地点)が建っています。道標のとおりに右()に行くと暮地に向かってしまいますので、これは新道が作られた際に建てられたか、明見道の左側にあった物と思います。明見道()は左の方へ向かいます。


道祖神と食行身録碑


西桂小学校先の分岐点


分岐点にある富士山道標

分岐点の先には神社の入口に上町池ノ頭道祖神があり、その先には養老5年(721年)創建と伝わる浅間神社(113.08km地点)があります。この先道なりに進んで行き、左手に川が現れて橋のある所から県道718号となります。次第に勾配が増して行き、左にカーブしていく所に少し台になっている所があります。ここは三本松の地蔵堂跡(672m・113.96km地点)で、本町にあった一乗寺住職が元禄2年(1689年)に建立し、開拓の犠牲となった虫のための虫殺供養のためと伝えられています。多くの石造物群が残り、またここは富士山遥拝地でもありました。


浅間神社


富士山遥拝地でもある三本松の地蔵堂跡


地蔵堂先の県道との分かれ道

地蔵堂の先でY字路があり、左折して県道718号とは分かれます。すると、中央自動車道にぶつかるので左折して迂回します。この左かどには経典供養塔があります。中央自動車道の下でUターンするように右に曲がると、米倉橋の手前に大きな名号塔が建っています。富士吉田市環境美化センターの前を通り過ぎ、天矢場(702m・115.12km地点)の分岐点に到着します。ここで旧道と新道の分岐点になっていて、左前方にある名号塔は道標も兼ねていて『右ハふじ道 左古あすミ』と刻まれており、直進するのが新道()、明見湖に向かう旧道()は左折します。


中央自動車道手前の分岐点


米倉橋


天矢場の分岐点

天矢場の分岐を直進して新道を進むと、小明見(727m・115.74km地点)の分岐点に着き、右のカーブミラーの下には馬頭観世音群が、正面には『左ハすん志うちか道こあすみ通 右冨士山道』と書かれた道標があります。富士山道()の直進ルートは通り抜けられないため、左に曲がっていきます。次の分岐点(115.96km地点)で先ほど分かれた旧道(富士浅間神社ルート)と合流し右折します。


天矢場の供養塔群


小明見の分岐点


旧道との合流点@

川の手前に焼橋の石造物群(116.08km地点)があるのでここを左折し、川沿いを進んで右折して焼橋(116.21km地点)を渡ります。ここは日本武噂<ヤマトタケルノミコト>が火攻めに会って焼け落ちたとか、北条軍と武田軍の戦があって橋が焼かれて北条軍が全滅したためとか言われています。焼橋を渡ったら左折して川沿いに進み、愛染通り(116.72km地点)に出ます。ここで右折して、もうひとつの旧道(明見湖ルート)と合流します。


焼橋の石造物群の前を左折


右折して焼橋を渡る


愛染通りの旧道との合流点A

愛染通り交差点を渡り、すぐの左斜めへの道に入っていきます。ここにはかつて柏林寺(116.94km地点)がありました。入っていくと愛染金毘羅宮の裏手に着き、ここには多くの馬頭観世音群(117.03km地点)が建っています。この分岐を右に向かい金毘羅宮の正面にでると、多くの石造物群が建っています。ここに川があり、愛染精進場として月江寺・西念寺の人々や富士講導者が身を清めていました。橋を渡ると愛染地蔵堂(738m・117.15km地点)があり、かつて愛染地蔵は柏林寺の本尊でしたが、現在は月江寺の所属となっています。また、中世ここで富士講導者に対して役銭を徴収していました。


柏林寺跡前の分岐点


愛染金毘羅宮の裏の分岐を右に


愛染地蔵堂

地蔵堂の先の変形十字路を左に曲がり、県道704号に出て右折します。ここには東町道祖神(117.56km地点)があり、台石が道標となっています。県道沿いには大森六地蔵経塚碑青面金剛碑間堀地蔵と建っています。国道139号で左折して、暮地ルートと合流して下吉田宿(754m・118.23km地点)に入ります。


愛染地蔵堂先の十字路を左折


東町道祖神の前を右折


国道139号を右折して下吉田宿に入る



★暮地ルート 5.92km

暮地ルートは消防団建物前を直進、三ツ峠駅前を少し過ぎて、諏訪八幡神社の裏手の脇道を入っていきます。途中に道祖神石塔を過ぎ、クランクに曲がったあとにY字路があるので右に行きます


諏訪八幡神社裏の分岐を左へ


道祖神


石塔

国道に戻り、300m進んで右に入っていきます。曲がる目印は左手にある浅間神社の案内板の場所です。


国道139号線に戻る


明見道の道標からの合流点


右に入る

橋を渡って、突き当り右手に上暮地浅間神社があります。突き当りを左折して170m進んだ住宅地の中を左折して、その先の突き当りをまた左折します。畑沿いに200m進んで、橋を渡って右折します。


突き当りを左折、右折は上暮地浅間神社


上暮地浅間神社


突き当りを左折


突き当りを左折


道祖神


橋を渡って右折

170m進んだ交差点に道祖神庚申塔があります。

ここから右へ曲がって坂を登っていくと登山道があり、三ツ峠の湧水で流れ出る白糸の滝があります。水量は少なく高さ150mある姿は繭糸を吊り下げた様から白糸の滝と呼ばれています。途中の分岐を逆に行くと三十三観音があり、さらに登っていくと富士見台という場所から富士山を望むことができます。


白糸の滝


道祖神と庚申塔がある交差点


富士見台から望む富士山

交差点を直進し、寿町の道祖神を過ぎるとT字路が有り、直進して坂を登っていきます。


道祖神


寿町の道祖神


T字路を直進

線路をくぐらずに左折をして一つ目の分岐を左折します。再び国道139号線に戻って道なりに進んでいくと、高速道路をくぐった先の道の両側に天照皇大神宮と豊受大神宮があります。ここから国道は新道のバイパスと分かれ、直進して旧道を進みます。


石仏物群


踏切を渡らず道なりに左カーブ


T字路を左折


国道に戻り右折する


天照皇大神宮と豊受大神宮


直進して旧道を進む

正面に北口里宮小室浅間神社の鳥居がある宮川橋北詰交差点を左折して下吉田宿に入っていきます。200mさきの交差点で明見道と合流します。


宮川橋北詰交差点の小室浅間神社


北口里宮小室浅間神社


明見道と合流する


◆下吉田宿(766m)〜北口本宮冨士浅間神社(863m) 2.65km
ルートMAP

商店街を抜けて、国道139号を延々とまっすぐ登っていき、20分ほどで富士山の入口である金鳥居(802m・119.44km地点)に到着し、上吉田宿が始まります。

金鳥居は天明年間(1781〜89年に御師・中雁丸家によって建立され、以後安政6年(1878年)・明治11年(1859年)に再建されるも、昭和17年(1942年)に第2次世界大戦により供出され、昭和30年に現在のコンクリートに銅版を巻いたものが再建されました。


下吉田宿


上吉田の道標


金鳥居

ここから御師町となって多くの御師の家が並んでいます。金鳥居を過ぎると、すぐに駐車場のところに道祖神が建っています。その先にある御師・菊田家は、当時の活動をよく伝えるものとして富士吉田市指定文化財を受けています。その反対側には小御岳神社があり、その周囲には双体道祖神庚申塔も祀っています。


上吉田の道祖神


御師・菊田家の富士講碑


小御岳神社

駐車場の先に2013年6月に世界文化遺産の構成資産に登録された旧外川家住宅があります。資料館になって内部を見学することができ、富士講について学ぶことができます。火の見櫓のそばにある御師・大国屋は現在も多くの富士講社が宿泊しています。


世界文化遺産・旧外川家住宅


中町道祖神


現在も多くの富士講社が宿泊する大国屋

もうひとつの構成資産の小佐野家住宅は文久元年(1861年)頃の建築で、改築も少なく幕末御師住宅の最も完備した典型としています。内部は非公開となっています。向かいにある御師・筒屋は大国屋同様に宿泊することができます。上町を進み、上宿交差点(120.51km地点)を左折して国道138号の旧鎌倉往還に入ります。


世界文化遺産・小佐野家住宅(内部非公開)


御師・筒屋


上宿交差点

旧鎌倉往還を進んで行くと右手に食行身録碑富士講碑と続き、そして諏訪森が現れます。その中に北口本宮冨士浅間神社(848m・120.88km地点)があり、ここでついに富士山道は終点となります。


食行身録碑


富士講碑


北口本宮冨士浅間神社


9.吉田口登山道



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