吉田口ルート

    ルート解説@ 北口本宮冨士浅間神社〜馬返し

◆起点・北口本宮冨士浅間神社(865m)

吉田口ルートの起点である北口本宮冨士浅間神社(865m)は、上吉田の国道138号沿いの諏訪森の中にあります。景行天皇40年(110年)、日本武尊<ヤマトタケルノミコト>が東方遠征した際に大塚山から富士山を遥拝して、祠と鳥居を建てたのが始まりと言われ、延暦7年(788年)に甲斐守紀豊庭が今の位置に社殿を造営しました。

国道沿いの鳥居をくぐると、杉や檜の巨木とたくさんの石燈篭が並んでいる参道を歩いていきます。途中に立行石があり、富士講の開祖・長谷川角行が富士を遥拝して酷寒の中を裸身で、この石の上で30日間爪立ちという荒行を行なったと伝えられています。


富士山駅前の金鳥居


国道沿いの北口本宮冨士浅間神社・鳥居


角行の立行石

川を渡ると正面に高さ17.4mの大鳥居が立っています。文明12年(1480年)に建立された大鳥居は60年に一度立て替えるそうで、この大鳥居は昭和27年(1952年)に再建されました。立て替える時には前のより高く立てる決まりになっているそうです。

鳥居の先には随神門があり、門をくぐると神楽殿の先に拝殿が建っています。拝殿の手前の両脇には天然記念物である御神木の太郎杉富士夫婦檜がそびえ立っています。8月26・27日に行われる鎮火大祭『吉田の火祭り』は日本三奇祭の1つに数えられていて、秋祭りであると共に富士山のお山じまいを告げるお祭りです。


大鳥居と随神門


拝殿と御神木の太郎杉


日本三奇祭・吉田の火祭り



吉田口登山道の起点・登山門(865m)

◆北口本宮冨士浅間神社・登山門〜馬返し(1450m)

拝殿に向かって右に沿っていくと、石段の上に吉田口ルートの起点である登山門があり、この鳥居をくぐって吉田口の登山が始まります。お山開き前日の6月30日には、登山門に張られたしめ縄を木槌で断ち切る御道開きという神事が行われます。

祖霊社の横を通り抜け、60mほど歩くと舗装路に出るので左に曲がり登っていきます。舗装路を5分ほど歩いた所に前記した日本武尊が遥拝したと伝わる大塚山<おつかやま>(880m・0.31km地点)があります。

大塚山の50m先に吉田口遊歩道の入口があります(緑のルート)。遊歩道は馬返しまで木立の中を歩くことのできるルートで、登山道の方は車が結構なスピードで行き交っているので安全に歩いていきたい人におすすめのルートです。


浅間神社の出口(870m)


大塚山(880m)


吉田口遊歩道入口(緑)

遊歩道分岐の50m先で、登山道は県道701号富士上吉田線に合流します。交通量が結構多いので歩道を歩いていくといいでしょう。県道に入ってから330mほど歩くと、左側に富士パインズパーク(900m・0.75km地点)という公園があり、園内には富士山をバックに草原が広がっていて、休憩するにはとても気持ちよさそうな所です。管理事務所のそばにはトイレと自販機があり、この次は3km先の中ノ茶屋までありません。


県道701号へ入る(885m)


東富士五湖道路手前まである歩道


富士パインズパーク(900m)

歩道がなくなってしまったら、車に気を付けて左側に横断する方がいいかもしれません。車が後ろから来る危険性はありますが、右側は車の確認はできますが下りでかなりのスピードで走ってくるので非常に怖いです。

歩道がなくなった少し先に、東富士五湖道路(960m・1.76km地点)の高架橋をくぐります。車に気を付けて15分ほど進むと、右側に雪中登山の碑(1000m・2.47km地点)があります。 雪中登山の碑の400m先に、県道716号富士北麓公園線(1020m・2.83km地点)の分岐があります。ここを過ぎれば交通量が一気に少なくなります。


東富士五湖道路高架橋(960m)


雪中登山の碑・泉瑞入口(1000m)


県道716号の分岐点(1020m)



★吉田口の隠れスポット『泉瑞』

雪中登山の碑の向かいから、森の中を750mほど進むと泉瑞<せんずい>があります。この泉瑞で富士講道者が水垢離を行われ、この湧水が浅間神社へ流れているそうです。鎌倉幕府を開いた翌年の建久2年(1193年)に巻狩りに訪れた源頼朝が、渇きに苦しむ勢子のため頼朝は神に祈りつつ鞭で岩を打つと、そこから泉が湧いたという由来が残っています。


泉瑞にある石碑


六芒星が刻まれている手水舎


泉瑞水神社(1020m)



1.1km進むと正面に中ノ茶屋(1100m・3.91km地点)があり、湧水で作った蕎麦が名物です。この先は基本的に5合目・佐藤小屋まで水分・食料の補給はできませんので注意してください。

中ノ茶屋からは少し荒れた舗装路となり、道幅も狭くなります。途中に大きな石の上に石碑(1245m・5.73km地点)があり、そこから500mほど歩くと古いバス停があり、その先に木に覆われた大石茶屋跡(1290m・6.20km地点)があります。茶屋の横には石碑群があり、向かいにはレンゲツツジの群生地が広がります。


中ノ茶屋(1100m)


大石茶屋バス停跡


大石茶屋(1290m)



★吉田口の隠れスポット『新屋山神社奥宮』

中ノ茶屋の手前の道路を左にカーブして滝山林道(12月〜4月下旬まで冬季通行止め)に入り、8.5km行った2合目のところに新屋山神社(1500m)があります。

ここは別名・金運神社とも呼ばれ、有名なパワースポットの1つです。境内には環帯状石組というストーンサークルがあり、時計回りに1回回るたびに拝礼し、それを3回お参りすると願いが叶うとされています。宮司さんはほぼ毎日出向いてるということなので、昼過ぎに訪れれば社務所が開いてる可能性があります。


新屋山神社奥宮入り口


新屋山神社奥宮


環帯状石組



次第に少しずつ勾配が増していき、直線的だった道も左右にうねり始めていきます。舗装路の終点に開けた場所が現れ、草山と木山の境目馬返し(1435m・7.37km地点)に到着します。車はここまで来る事ができ、右側の広場が駐車場になっています。また、夏季の間だけ正面にある仮設トイレが使用可能となっています。


馬返し手前の分岐


馬返し入り口(1435m)


馬返し入口・桂屋跡前

車止めの柱を超えてすぐの広場は桂屋という山小屋がありました。昔、馬返しには4つの山小屋があり、残りの3つは石段を登った所にあって、現在は大文司屋の所に明治大学山岳部が管理している明大山荘が建っているだけです。ここはシーズン中の土日祝日とマイカー規制中の9:00〜16:00に、ボランティアの人たちがお茶や漬物のサービスやパンフレットの配布をしてくれます。2007年には馬返しの焼印が40年ぶりに復活しました。


馬返し・大文司屋


馬返し・石碑群


馬返し・石造鳥居(1450m)

かつては大文司屋の向かいには鍋屋、上部には富士山ホテルの小屋跡がありました。左手に石碑群が並び、鳥居の前には御縁年の庚申信仰の象徴である復元された猿像が手を合わせています。鳥居をくぐった先には富士山禊所跡(1450m・7.53km地点)があり、登山者の禊払いをしていました。

旧登山道はこの禊所の真ん中を通って真っ直ぐ登っていきましたが、この建物ができた大正年間には塞ぐ様に建てられてこの登山道は使われなくなったのではないかと言われています。現在、旧登山道は登れなくはないけど、所々えぐられているために通行止めとなっているそうです。


復元された鳥居前の猿像


馬返し・富士山禊所跡


禊所跡の間を通る旧登山道


吉田口ルート解説A



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